能力主義の戦国時代、出世のために自己アピールは今も昔も重要なことでした。最近、羽柴秀吉の中国攻め時の書状が発見され、秀吉の織田中枢部に対する取次の様子が確認されました。
上司に仕事の進捗報告はこまめに行う一方で、当時発生していた三木合戦の経緯ややり取りについて詫びを入れています。2か月ぶりの戦国武将解説。羽柴秀吉の出世物語を語るうえで前半戦の山場となる中国攻め。最初に秀吉が戦った中ボスクラスの人物が別所長治です。織田政権の幹部入りして間もない秀吉の壁となったのはなんと若干20歳の青年大名でした。
今回はそんな三木合戦の当事者、別所長治について解説していきます。