不定期更新 気になった武将や人物について取り上げたりおんj中心にまとめたりします

    タグ:明智光秀

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    12月に入ってジャンル歴史の映画でビッグタイトルが2つも公開されました。厳密には歴史というより歴史風エンタメと言った方がいいのかもしれないけど。

     

     

    一つは北野武監督6年ぶりの新作「首」。有岡城の戦いから本能寺の変、山崎の戦いまでを北野武風の解釈でアレンジした内容。映画タイトル通り、ポンポン首がすっ飛ぶ。

     

     

    もう一つは「ナポレオン」。「グラディエーター」のリドリー・スコット監督と主演ホアキン・フェニックスが23年ぶりにタッグを組んだナポレオンの生涯を描く作品。

     

     

    というわけで2作品共に見てきたので淡々と感想を書いていこうと思います。公開からかなり立っているのでネタバレしても大丈夫だよね?

     

     

     

     


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    1: 名無しさん@おーぷん 23/11/30(木) 21:58:17 ID:FsVh
    日本国にはもともと国王がいた。そして、その下に「関白」と称する者があり、
    臣としては最も高貴な地位である。そのころ、山城州の主、信長が関白に
    任じられていた。彼がたまたまある日、狩りに出たとき、樹の下に寝そべっていた
    一人の男に出会った。

    引用元: ・【世界史】明の正史に載っている秀吉評wwwwww

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    天正8(1580)825日、京に滞在する織田信長はとある書状を発布します。

     

     

     

    それは、織田家筆頭家老、佐久間信盛に対する19か条の折檻状でした。この書状は原本こそ残っていないものの信長公記では「信長自筆」であったものを強調しており、それだけ家臣の間でも話題になっていたことが想起されます。まとめるとだいたいこんな感じ。

     

     

    ・石山合戦では持久戦に徹していたずらに時間と労力を費やし5年間なんの成果もあげなかった

    ・池田恒興や柴田勝家のような少禄の身でも手柄をあげているのに、言い訳ばかりで怠慢ばかりしている

    ・水野信元死後、水野旧臣を雇用したり新たに家臣を増やすこともせず、懐を肥やすばかりだ。このような仕打ちは言語道断である

    ・刀根坂の戦いにおいて自分が出陣しない正当性を主張し、信長の面目を失わせた

    ・三方ヶ原の戦いにおいて家康どころか平手汎秀すら見殺しにして撤退した

    ・あと、お前の息子はクソ

    30年間奉公して、信盛の活躍は比類なしといわれた働きは一度もない

    ・このようなことになったからには、一兵卒となって大軍相手に戦い武功をあげるか討死するしかない。それをする勇気もなければ高野山にでも隠遁して許しを請うのが当然であろう

     

     

    おお・・・なんというパワハラ文章。筆頭家老として30年務めてきた家臣にすらこの仕打ちと、少し前までは織田信長の冷酷さを語るエピソードとして取り上げられることが多かったですが、よくよく考えれば上昇志向の多い織田家臣団において何の武功もあげずふんぞり返っている中間管理職というのは周囲からもさぞヘイトを買っていたのかもしれません。(ほかの織田家臣らが誰も擁護しなかったあたりお察し)

     






    佐久間信盛



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    nob


    1: 名無しさん@おーぷん 23/04/30(日) 18:44:29 ID:knrT
    信忠vs秀吉で内乱になるんかな

    3: 名無しさん@おーぷん 23/04/30(日) 18:45:10 ID:knrT
    信雄?

    4: 名無しさん@おーぷん 23/04/30(日) 18:45:34 ID:jZvF
    信忠が生きていればかなり違ったやろな

    引用元: ・織田信忠が本能寺にいなかったら織田政権は存続できたのか?

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    戦国時代最大のターニングポイントである本能寺の変。信長、秀吉、光秀を始め多くの戦国武将の運命を変えることになった訳ですが、織田家の重鎮候補でありながら本能寺の変の直後ひっそりと非業の最期を遂げた人物がいます。



    織田信澄


     

     

    明智光秀の味方・・・という訳でもないのですが、光秀と縁があったために誤解で殺されてしまった悲しい武将です。

     

     

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