ということで、アメリカと人種差別の歴史第三弾である。

前回の2記事では白人至上主義の隆盛とその展開についてみてきました。第二次世界大戦以降は黒人の社会的地位向上により、KKKは復活と消滅を繰り返しながらもアメリカの大衆文化の影でこっそりと生き延びるだけの存在になっていくかに思われました。

 

 

 

 

と、そしてこの記事は2020年のBLM運動~トランプ支持者による連邦議会占拠事件を受けて書き上げたもので、この記事を書いた当初は私もアメリカの白人至上主義について甘く見積もりすぎていました。

 

 

 

結論から言うと、かの国の持つ白を是とするどす黒い感情は、日本人の想像する以上に深刻なものだったのです。

4月始め、「フィールズ・グッド・マン」という映画を見てきました。

アメリカのインターネットミームによく見られる「カエル」を巡るドキュメンタリー映画なのですが、日本では単なる数多存在するインターネットミームの一つに過ぎない「カエルのペペ」はアメリカではハーケンクロイツに匹敵するヘイトクライムのシンボルとして取り扱われているのです。

 

 

 

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マット・フューリー著「ボーイズ・クラブ」は作者とその友人をモデルにした大学卒業後の4人の青年たちの生活を描く日常系漫画です。その中に登場する「Pepe the Frog(カエルのペペ)」はみんなの弟分という扱いで、いわばマット本人をモデルにしたキャラクターでした。

 

 

ある回で、ペペがズボンを下まで脱いで下半身丸出しで小便している所を友人に指摘され「Feels good man(訳:気持ちいいぜ。※)」と答えたのがすべての始まりでした。

日本のサブカルチャーに則して訳すなら「あぁ^~たまらねぇぜ。」とかでもいいかもしれない。

 

 

 
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初期の流行はインターネット掲示板で筋トレ趣味の人間が自撮り写真をあげ「Feels good man」と一文を添える。それだけの謎の文化でした。日本でも地震が起こる度に「みんな、地震大丈夫?」との一文に何の関係もない奇怪な顔をアップロードする変な文化があるので、アメリカのこのミームも別に怒られる謂れのない平和な流行に過ぎません。

 

 

そのミームは筋トレ男たちから次第に猫の写真、花の写真、車の写真、手料理の写真と「映え」そうなものに移っていき、「Feels good man」だけの言葉が独り歩きするようになっていきます。最終的にペペの「大学を卒業したぶらぶらやっている独身男」という点がアメリカの匿名掲示板「4ch」と見事に合致し、「このどこかイケてないカエルは俺たちのことだ!」と4ch住民=ペペというような図式が出来上がっていくわけです。

 





 

2010年代に入っていくとインターネット、SNSの文化はアメリカ全土に広がります。日本では2014年が一つの契機で、この年を境にPCとスマートフォンの情報トラフィックの量が変わり、それまでの掲示板文化はアイロニックでウィットな内容から嫉妬とマウンティングに代わっていったような気がします。日本の2014年のインターネット界といえば「キセキの世代2014」や「youtuber」など露悪的で大衆的な文化が成長し始めた頃、一般人が大量に入ってきたがために古参の匿名掲示板文化が持っていた「超えてはいけない一線」が消失し始めたような時代です。

 

 

そして、この一般人の流入によって匿名掲示板の住民層は居場所を失っていきます。「ペペ」がキモカワカエルとして若い女性の間で流行し、それまでの文脈を捨てられてただのアイコンキャラクターと化しつつあったことは、4ch住民の怒りを買い、過激化した非モテ層「インセル」の台頭を許します。





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20145月アメリカのカリフォルニア州で22歳のインセルの青年、エリオット・ロジャーが6人の人間を無差別に殺害し自殺した事件は4chのインセル層にとって英雄視され神格化されました。

 

 

発達障害、精神障害などが原因で社会から拒絶され、憎悪犯罪を起こすと言ったケースは日本でもなくはないですが、日本のインセル層もそれらの凶悪な事件に同調こそすれど「実際にやる奴は頭がイカレテいる」と同時に犯人への糾弾も行うことが多いです。一方でアメリカではお国柄か性格なのか「我らの神・エリオット・ロジャーに続け」とエリオット・ロジャーの事件以降アメリカ各地で無差別殺人事件が多発。中には4chに殺害予告を出してその通りに実行したり、フェイスブックで殺人をリアルタイムで実況したりまで発展するようにまでに発展。彼らが愛用したアイコンにもまた「カエルのペペ」が使われていたのです。

 

 

インセルについての研究は個人による考察はあっても、学問として、つまり犯罪心理学の題材としてはまだまだブルーオーシャンな領域にあるといえます。そのため本腰の対策を入れられず(最近になってバイデンがやっと銃規制に乗り出しましたが)、現時点での対症療法としては匿名掲示板4chの運営による独自の規制を施すしかないでしょう。

 

 



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ところが、(個人的にはこれが最大の原因と言えますが)4ch創設者のクリストファー・プールは4chの管理権を手放し、その運営を西村ひろゆきに譲渡すること決定。既に4chの住民の暴走に手を負えなくなっていたプールが、住民層からの復讐も恐れ4chを畳むことすらままならず、その管理権を誰かに委ねたがっていました。当時のひろゆきは現在の2ちゃんねる(5ちゃんねる)の管理人であるジム・ワトキンスとの権利訴訟で敗れ、2ちゃんねるを追放されたことで、ジム・ワトキンスを恨んでおり復讐としてジムの縄張りであった4chを逆に奪った形でもありました()

 

ここら辺の騒動は日本で最も有名な高校生や某弁護士なども関わってくる問題だったりして2ちゃんねるの歴史最大の転換点でもあります。気が向いたらまた別の記事で解説します。「とある高校生が自分語りをする⇒いろいろあってアメリカ議会が襲撃される」

 


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結果、住民たちとは知らぬ間で匿名掲示板の住人を奪い合う水面下の戦争が勃発。ひろゆきは2ちゃんねる開設当初から「君臨すれども統治せず」のスタンスを崩さず、自身の管理責任が問われそうな犯罪的な書き込み(殺害予告や爆破予告、児童ポルノの類)以外は一切関与せずのスタンスを貫き、これは4chの運営においても引き継がれることになります。

 

 

ジム・ワトキンスも同様のスタンスをとっていましたが、これに加えて彼が白人至上主義者だったことが不運なことでした。彼は5ちゃんねるの運営(なんでも実況Jやニュース速報(嫌儲)の住民層の流行や人気を調査)を通してそのノウハウを生かして新たに8ちゃんねるをアメリカに創設。これが悪名高いQアノンの本拠地としてアメリカの匿名掲示板下において勢力を拡大させることになります。そしてこの8ちゃんねるのマスコットキャラクターの一つにもカエルのペペは含まれていたのです。

 





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4ch8chの住民層(この頃になるとオルタナ右翼という言葉が主流に)を票田になると考えたのがドナルド・トランプでした。

オルタナ右翼のメイン層は男性、白人、低賃金、独身層、地方出身者(あるいは地方暮らし)。日本と同じくアメリカでも匿名掲示板の住民層は同じようなものです。日本ならばこれらの住民が人前で持論を展開しても無視されるか社会的に排除されて終わりでしょう。そして2010年以降は5ちゃんねるも反ネトウヨが主流であり、2018年になんでも実況Jで起きた珍事のようにある種の自浄作用が働いているともいえます。しかし、トランプ陣営はこれらの4ちゃんんねる8ちゃんねるの住民が自浄されないどころか、むしろ現実で事件を起こすまでに大規模化していることに目をつけ、オルタナ右翼にすり寄る姿勢を見せたのです。

 

 
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過激なスピーチの他にツイッターではカエルのペペをリツイートするなど明確に匿名掲示板の住民にすり寄っており、「トランプが日陰者の俺たちに手を差し伸べてくれた!俺たちのトランプを大統領にしよう!」と多くの掲示板住民がトランプへ票を投じると共に、ヒラリー側へのアンチ工作をし始めたのです。

 

日本でもこのような動きは過去にもありました。2ちゃんねる住民のネトウヨ化は2007年頃より深刻さを増しており、麻生太郎はそれを逆手に取って彼らにとって都合の良い発現を繰り返したり「ヒトラーの手法は見習いたい発言」、彼らの趣味に理解「ローゼン麻生」を示すなど匿名掲示板の住民層を取り込む狙いがあったのは確かでしょう。ネトウヨイデオロギーの一丁目の一番地たるアンチマスコミアンチ朝日新聞は未だに麻生自身が記者に反撃を繰り返すことからも(カップ麺や漢字のテストなどクッソどうでもいい内容を蒸し返すメディアの幼稚さを差し引いても)、匿名掲示板の住民層を見据えていると言えます。

 

しかし、トランプのように麻生が現在高く支持される人物ではありません。

 

 

お金くれないドケチだからね。金の切れ目が縁の切れ目なんだね。残念。

 

 

 

オルタナ右翼・Qアノンの躍進は予想以上に根深いものでした。国外からは「あんな暴言を繰り返すなんてトランプは大統領になる気ないんじゃないの?」の論調が主流だったのを覚えています。しかし、ふたを開けてみるととトランプの当選。リベラル陣営にとっては「暗黒時代」とも称されるトランプとオルタナ右翼の天下が吹き荒れます。

 

 

 

 

 

一体何の話をしているのか、カエルのペペの話に戻しましょう。

作者マット・フューリーはインセルが暴れ始めた頃から危機感を感じペペを自分たちのシンボルに使わないでほしいと「#ペペを救え(#Savepepe)」草の根運動を開始します。しかし、マットの優しい性格が祟ってか思うようにいかず、むしろ4chの住民からは「俺たちのペペを奪う極悪人」として反発。マットが斬首されるコラ画像を送り付けるなど過激な手にも出しています。

 

結局マットの活動は振るわず、オルタナ右翼の象徴としてカエルのペペは20169月にヘイトシンボルとして登録、このショックを受けてかマットはボーイズ・クラブにてペペを殺すまでに至ります。しかし、それでも匿名掲示板の住民層の活動を押しとどめるには至りませんでした。

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「公式が勝手に言ってるだけよ」

 

 

 

映画「フィールズ・グッドマン」の監督・アーサー・ジョーンズはマットの友人であり、2016年以降どうしようもいかなくなったペペとオルタナ右翼への一矢報いるために法的措置に出るまでの経緯を描きます。


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最終的にはどういう訳か香港の民主化運動の象徴としても登場し黄之鋒らによってシンボルキャラクターとして広く用いられるようになり、映画では少し明るめの内容で終わります。

 

 

作中では2019年から2020年初めぐらいまでの話を描いており、現在はトランプの敗戦と議事堂襲撃事件を最後にオルタナ右翼とQアノンは鎮火傾向にあります。まぁこのままヘイトシンボルとしての意味合いが薄まっていけばいいのですが、問題は日本の方でしょう。

 

 

 

 





このような何気ないキャラクターがインターネットミームとして掲示板の住人たちによって別の意味が付加され、作者の手を離れて暴走していくという構図は日本では日常茶飯事に起きています。そしてミームたちが政治活動の場に出てくることも珍しくありません。

 

 

 

卑近な例をあげれば2018年頃より「なんでも実況J」で流行を博した「チー牛」もこのペペと似た運命を辿ったキャラクターと言えます。


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元は作者の自画像に過ぎなかったのですが、なんでも実況Jで貼られた際には「ザ・陰キャって顔」「発達障害」「就労移行支援にいる奴らってみんなこんな顔しかいなかった」とマイナスイメージを付加して語ったのです。

 

画像が出回った当初は「ワイの顔を写すな」「俺じゃん」「こんな顔して高カロリーもの食うのかよ」「ワイはこんな大食いじゃない👿」と「チー牛=俺ら」の図式が出来上がっていたのですが、2019年に入ると状況は一変。「チー牛顔=発達障害=お前ら」とマウントや他人への侮蔑・ルッキズムの象徴として描かれていき、最終的にはセガの重役がこの言葉を使ってゲームユーザーを罵倒、仕事をクビになるまでに至ります。結果、チーズ牛丼=マイナスイメージという文化が日本のネットミームとして根付き「すき家の売上を著しく低下させた」「これですき家いけなくなった」など謎の意見まで出るようになります。(そんな意見する奴元から牛丼食べに行かねーだろ・・・)これを受けてか作者はこのチーズ牛丼顔の男を自殺させるイラストをひっそりと投稿したのです。

 

 

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一方でやはり香港の民主化運動でも黄之鋒が「香港のチー牛」「光のチー牛」と日本のネットユーザーから馬鹿にされていたことを逆手に取っています。香港の牛丼屋とコラボして「黄芝丼(黄のチーズ牛丼)」を発売。流石歴史の教科書に名を残す男、マイナスイメージすら金に換えるの朝飯前である。

 

 

ペペといいチーズ牛丼といい香港は悪いネットミームの再生工場か何かなのか?

 

 

 

結局、作者の手を離れて暴走し続けるチー牛男はまさに日本版ペペといい、匿名掲示板の差別の本場日本であることからもペペ以上のオルタナ右翼やそれに近い団体が出現する危険性は常にあるといえます。

 

もう15年以上のアニメですが「妄想代理人」でもゆるキャラとして用いられた「マロミ」が人々の流行となるも、それと同時に作者が産み出した空想上の産物「少年バット」が暴走を始め、日本社会を破壊する構図小規模ながらも我々が経験してきたことでした(100ワニ・けもフレ騒動)。現実ではまぁ関係者が解雇されるとかそのコンテンツが衰退するとか笑い話で済みますが、妄想代理人の世界では明らかに数百人単位で死人が出てそうな勢いです。チー牛、あるいはその次にくるネットミームが日本の現実社会を破壊する・・・と危惧するのは果たして杞憂で終えられるのでしょうか。