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印刷技術の発展はキリスト教の布教と共にあったといっても過言ではありません。

本という存在によっていつでもどこでもキリスト教の教えを乞うことができるので布教者にとっては大量生産できるツールの存在は非常に便利なものです。布教側はいざとなったら「この本を読んでね」で済むんですからね。



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しかし、印刷技術の歴史は誤植の歴史であります。活版技術はまず印刷するための版を人の手で彫るわけです。人間誰にも間違いはありますから、膨大な文章を彫っていけば一回ぐらい間違いが出てきてもおかしくはありません。とはいえ、印刷後に出版側が校閲チェックを見逃してしまうと世に誤植として出回ってしまいます。これが普通の本なら大きな騒ぎになりませんが、宗教というデリケートな内容を取り扱うものですから、誤植によってはとんでもない大騒動に発展してしまいました。

今回はその例を見ていきましょう。



①印刷屋の聖書
詩篇119篇 第161節
〇:もろもろの君(princes)は故なく私を虐げます



×:もろもろの印刷屋(printers)は故なく私を虐げます




文春砲かな?


②ユダの聖書
マタイの福音書第26章第36節
〇:イエス(Jesus)が弟子たちに語り掛けた



×:ユダ(Judas)が弟子たちに語り掛けた


裏切者らしい傲慢ぷりです。



③酢の聖書
ルカによる福音書第20章
〇:Tne Parable of the Vineyard (ぶどう畑のお話)



×:The Parable of the Vinegar (酢のお話)



お酢は体にいいとかそんなところでしょうか(適当)







④殺人聖書
ユダの手紙第16節
〇:彼らは不平(mumures)不満(complainers)を漏らし、自分の欲のままに生活し、その口は大言を吐き・・・



×:彼らは人を殺し、不満を述べ、自分の欲のままに生活し・・・



なんjのちな中学時代に殺人ニキかな?



⑤魚の聖書
エゼキエルの書第47章第10節
〇:漁師(fishers)が海の傍らに立ち(中略)網を張った。とれた魚は大海の魚のようにその種類が多い



×:魚(fish)が海の傍らに立ち・・・


誤植後では魚が魚を獲っとおり、共食いみたいな感じになってしまっています。


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⑥場所つくり聖書
マタイの福音書第5章第9節
〇:平和(Placemakers)を作り出すものたちは幸いである。



×:場所を作り出す人(placemakers)たちは幸いである。



場所を作れ!プレイスメーカー!(CV:マクギリスの人)


この聖書は他に
「イエスは貧しい未亡人を称賛する(commendeth)」とするところを「イエスは貧しい未亡人を強く非難する(condemneth)」とも誤植しています。弱者をさらに叩くという2ちゃんねらー民並の精神論者になってしまいました。






⑦半ズボン聖書
創世記第3章第7節
〇:アダムとイブはいちじくの葉っぱで腰を覆うもの(coverings)をつくった



×:アダムとイブはいちじくの葉っぱで猿股(breeches、現代語でボクサーパンツの意味)をつくった



天然素材からパンツを作る天才。パンツ以外は旧石器時代の技術で原始時代の生活を送る「primitive technology」という有名なYoutuberがいますが、もしかして彼はアダムなのかもしれません。







⑧怠け者聖書
ゼカリヤ書第11章第17節
〇:愚かな(idol)牧者



×:怠け者(idle)の牧者


これはこれで意味が通じてしまうので誤植もやむなしのような気がします



⑨妻嫌いの聖書
ルカ福音書第14章
〇:私の弟子になりたいなら、あなたの父・母・妻・子・兄弟・姉妹、そして自分の命(own life)まで捨てよ



×:私の弟子になりたいなら、あなたの父・母・妻・子・兄弟・姉妹、そして自分の妻(own wife)まで捨てよ


キリスト「離婚は大事なことなので二度言いました。」



⑩支払い聖書
詩篇第122篇第6節
〇:エルサレムの平和ために祈れ(pray)



×:エルサレムの平和のために払え(pay)


イスラエル「(アメリカ君!)エルサレムの平和のために(防衛費)払え」
よし意味は通じるな!(すっとぼけ)

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とはいえ、ここら辺は聖書中でもあまり重要な場面でなかったり、一度読むと明らかに文章が通っていなかったりするため、誤植が分かった時に出版社がこっそり訂正するなどして大事に至らなかったケースがほとんどでした。


しかし、次のケースだけは許されず国を巻き込んだ裁判沙汰になってしまったのです。




邪悪な聖書、冒涜的な聖書、罪人の聖書とボロクソに称されているこの聖書は旧約聖書のモーゼの出エジプト記のクライマックスシーン、モーゼが神から十戒を授かるシーンです。
その十戒の内容が



汝、姦淫するなかれ
They should not commit adultry.





とするところを否定文の「not」が抜けててしまったがために



汝、姦淫すべし
They should commit adultry



















意味が真逆になるどころか、キリスト教の教理の根本を覆していく文章になってしまったのです。
さまよえる民を従え神に祈ったら「ヤレばいいじゃん」という啓示を受けたモーゼは何を思うのか。











「ヤヤヤ、けったいな!」
「おったまげー!」









しかも、この聖書当時の国王・ジェームズ1世が市民階級の台頭を抑制するために教会との関係強化を目的として作成を命じた国王肝いりの事業だったから大問題です。誤植が発覚したのは作成後20年が経過し(その間誰も気づかなかったのか・・・)、ジェームズ1世亡き後息子のチャールズ1世が即位したときです。激怒した息子は出版社を星室庁(当時の最高裁判所みたいなところ)呼び出し


「よくも破廉恥な書物を作ってくれたな!これは教会への冒涜であり、亡き父への挑戦に他ならん!」


事実、こんなものを作られれば、作成を命じた国王の面目は丸つぶれであり、父への挑戦どころの騒ぎどころではありません。一歩間違えれば国家反逆罪まで発展しかねない問題です。


結局、裁判の結果は「誤植は意図的ではなくうっかり」ということになり、関係者は300ポンド(現代価値にして4万5000ポンド)の罰金を支払いを命じられ、発行された聖書はことごとく回収され焼却されました。とはいえ、出版社がこの大金を用意できないまま責任者は投獄されそのまま獄中死してしまいましたが。

















印刷屋「性器に残る大失敗をしてしまい、めっちゃおちんこでる」










歴史の必然か偶然か、この邪悪な聖書のうちいくつかは焼かれずに残り今では博物館で展示されるほどの貴重な歴史の資料となっています。2009年にはオークションに競りだされ、1000万円以上の値がつくほど価値のあるものになっているのは皮肉な話でしょうか。














↑これ、日本版姦淫聖書(ガチ)